泣けた

久しぶりの礼拝でした。
ペルシャ人のAさんに初めて会い、話をしてたら、
泣けてきました。
神様への思いがあまりに純粋で、
とる行動一つ一つが、愛に溢れていて、
心の琴線に触れ、泣けてしまいました。
私自身の神様への思いが、どんなものだったのか、
彼と話すことで思い出されました。
最近、色々あって、心が雲っていたので、今日、礼拝に行って良かったです。
やはり、神様は、私をみているんだなぁと思いました。
そして、彼と話すことで、何に怯える事無く、神様について話すことが出来、
エスキリストの名において祈ることが出来るこの環境が
どれほどありがたい事なのかわかりました。
彼の国では、クリスチャンであることは命懸けです。
いつ警察に踏み込まれるか、わからない中で、
礼拝を守るという現実が存在することに改めて愕然としました。
世界中で爆弾に怯え、餓えに渇きながら祈る人がいることを忘れてはいけないのだと思いました。
今日、彼のことばで印象に残ったのは、


「僕は、お金持ちとか、そういうのにならなくていいです。自分が生まれてきた意味を知りたい。」   

と言う言葉です。
何のために自分が存在するのか、
答えがあるのかわかりませんが、人生って、その意味を探す旅なんですかね?